38歳のおじさんがNYの路上で涙した理由
私も来週にはもう38歳。結婚して子供もいますし、これは昔からですが髪も無いですし、加齢臭について文句も言われます。自分はあとどのくらい働けるんだろう、なんていうことも考えるようになりました。
若かりし頃は、自分も38歳にもなれば、頭の中が整理されて、いろんなものに適切に対処することができ、安定した生活を送っているに違いない、なんて想像していました。それが良いか悪いかは別として、安定した社会生活を送っているはずでした。
そんなはずだったのに。
ある3月の金曜日、37歳肥満気味の頭髪が薄い日本人男性たる私は、ニューヨークのリロイストリート路上で、シクシクと涙を流していました。マジ泣きです。私をご存知の方は想像してみてください。あのごつい清水が、とめどなく流れる涙をすすりつつ、顔をしわくちゃにしつつとぼとぼと歩いている姿を。
38歳にもなって、一目をはばからず悔し涙を流すことになるとは思いもよりませんでした。止まらないのです。
そもそも、こんなことをこのような人様の目に触れる場所で書くのも日本男児としてどうかと思います。これをここに書くべきかも逡巡してしまいます。
アメリカは契約社会。そう。私は仕事上の契約問題のトラブルに巻き込まれて、契約社会であるアメリカの洗礼を受けたのです。
詳細は書くことができませんが、進行中の案件で、当初からの業務委託契約書に不備があり、というか、適当な内容で進めてしまったばかりに取引先とモメてしまい、制作とは関係のない交渉が延々と繰り広げられ、しまいには先方の弁護士も登場し、こちらも弁護士を立てて議論するという羽目になってしまいました。
英会話に問題の無い川村は日本からニューヨークに戻る飛行機の上。そのトラブルを私が責任者として処理しなくてはならなくなってしまったのです。
契約書の解釈の問題から、こちらの責任問題まで、先方や弁護士同士の怒号が飛び交う電話会議。そもそも電話で英語を聴き取るのが非常に難しくて会話についていけません。その上で法律用語が私の頭上を飛び交っていきます。しかし、私は一方の責任者ですから、最終的に「で、どうする?」とか聞かれてしまうわけです。
答えられるわけもありません。しかし答えなくては受け入れたことと同じになってしまいます。どうにか理解しようとたどたどしく質問をしても、要領を得ず、「しょうがねえな。このクソ日本人が」的なムードが漂い始め、結局「○○時間以内にこれとこれを用意して結論を文書で出せ」みたいな話になります。
しかし今度は、法律的な文書を作成する上で、自分たちの弁護士とも議論をしなくてはなりません。これもまた、自分にとってはあまりに難しいミッションです。
そもそも日本語における法律的な話ですらとても苦手なのです。私は東大の法学部中退です。一見、すごく法律に詳しそうな感じのする学歴ですが、とんでもありません。入ることはできたものの、入ってみたら、法律の勉強というものと全く肌が合わず、嫌で嫌で仕方がありませんでした。授業もほとんど出ませんでしたし、試験直前に「マンガでわかる! 民法」のような入門書を読んで試験をしのいでいました。しかし最終的にそんなものでしのげるはずもなく、中退することになってしまいました。法律的な話が苦手だから中退したのです。だからどちらかというと、苦手なのです。なんというか、法律用語等を聞いているとジンマシンが出始めるような人なのです。
そんな私が苦手な法律の話を、不完全な英語のコミュニケーション、しかも大きな声で繰り広げられるアメリカ人のコミュニケーションの中でどうにか理解して判断しなくてはいけないのです。
日本的「話がわかる」コミュニケーションは無力